下請け企業に必要な値上げ交渉

中小企業は発注者との力関係から、値上げ交渉でつい下手に出がちです。しかし、契約と数字を冷静に分析し、準備したうえで交渉すれば、簡単ではありませんが、値上げも可能です。また、価格決定と交渉は担当者に丸投げせず、経営者が主導しましょう。

人事評価が「売り上げ」で決まる会社の場合、目先の受注のために営業担当者が値下げすることが多く、「価格」は担当者にとって優先度が低くなります。今回は、発注者から仕事を請けることが多い「下請け」と呼ばれる製造業・建設業を対象に、値上げが必要な背景、事前準備、交渉の順に解説します。

コスト高で値上げ交渉が必須に

下記の表は、最低賃金、建設資材、物流コストの過去10年間における価格の推移です。最低賃金は10年前から26%上がるなど、あらゆるコストが値上がりしています。

最低賃金(厚生労働省)、建設資材価格指数(一般社団法人経済調査会)、売上高に占める物流コスト(日本ロジスティクスシステム協会)をもとに、筆者が作成。基準年を100とした推移を示しています

また、2021年11月時点では原油高に加え、円安が進行しているため、輸送費や輸入品価格がさらに上昇する可能性もあります。建設業界で21年に生じたウッドショック(木材価格の高騰)も、資材全体の長期的な値上がりトレンドの中で起きています。

このように、賃金や原材料の価格が変動しているのに、原価計算、積算、価格設定の基準を長年見直していない中小企業が少なくありません。

「とりあえず前と同じ値段で」と前例踏襲で取引先に自ら告げる会社や、紙と電話頼みでシステム化が遅れ、正確な原価計算ができていない会社は要注意です。コスト上昇のしわ寄せを、自社で抱え込むことになります。

コロナ禍における緊急の資金繰り対策として、政府が20年に導入した民間金融機関による無利子無担保融資(通称:ゼロゼロ融資)の執行件数は、全国87万件に及びます(21年5月時点)。

その元本返済の過半が、21~22年に始まります。借り入れの返済原資となるのは利益です。値上げをせずに自社の利益が減っていけば、資金繰りに影響します。

最低賃金も上昇する中で、値上げ交渉ができなければ、社員の待遇にも影響が出てしまうのです。

値上げ交渉に必要な九つのポイント

それでは、具体的に何を準備すればいいでしょうか。中小企業庁の資料をベースに、値上げ交渉に必要な要素を整理しました。21年1月にツギノジダイで公開した「下請けが値下げ要求されたら?」という記事もご参照ください。

それでは、それぞれのポイントについて順番に解説します。

取引依存度3割の見極め

まず、顧客別の売り上げや粗利を分析し、顧客への依存度を確認しましょう。

中小企業経営コンサルタントの元祖・一倉定(いちくらさだむ)氏は、「売り上げの3割以上を特定の会社に依存しない」、「売り上げを特定の会社に依存することは生殺与奪権を他人に与えているのと同じ」と指摘しています。

特定の会社に依存しているほど、交渉力は弱くなるので、既存取引先との交渉をしつつ、新規取引先の開拓や新規事業を考えることになります。

新規開拓・新規事業の進捗

新規取引先の開拓や新規事業が順調なら、既存取引先との交渉にも強気であたれます。長年価格交渉をしてこなかった既存取引先より、適切な価格で評価してくれる新規の企業を探した方が、収益力が高まる場合もあります。

相手先の業績と自社の位置づけの把握

相手先が上場企業なら、決算・業績は無料で確認できます。相手先の業績が大幅に悪化している場合、共倒れにならないよう、4-2の新規開拓も必要でしょう。

また、先ほどと逆に、相手先が自社にどれだけ依存しているかも把握しましょう。相手が特定の部品や工事の供給を自社に依存している場合、相手の売り上げを握っていることになるので、供給側の交渉力の方が強くなります。

競合の廃業による供給力の変化

自社の競合が高齢化で廃業し、市場全体で供給量が減っていれば、交渉力が逆に増すケースもあります。

実は大企業でも、丸投げ体質で下請けの中小企業に頼り切り、自社内に技術やデータが残っていない場合が少なくありません。帝国データバンクによると、中小企業の後継者不在率(20年)は65%。「後継ぎがいる」だけで差別化になるのです。

地域別相場の把握

製造業や建設業の場合、地域別の相場と自社の価格の差異確認も重要です。

相場からかけ離れた安い価格で発注する大手企業より、相場を理解して適切な価格で発注してくれる地場の中堅企業の方が、自社に利益をもたらしてくれる場合もあります。

逆に、長年の地元の取引先が利益を圧迫している場合もあるので、冷静な検証も必要です。

原価計算の根拠

値上げ交渉時には、原価計算の根拠を求められることも少なくありません。

原価のほか、冒頭の折れ線グラフのように、対象となる材料の価格推移のエビデンスも用意しましょう。これは、政府統計の窓口「e-stat」から無料でダウンロードできます。

人情話では、交渉相手も上司に報告できません。必ずエビデンスを持って交渉し、やりとりは議事録に残しましょう。オンラインの場合は、録画も有効です。

「無料の情報に疎い」会社は、交渉下手であることが多いです。

相手が受け入れやすい複数案

以下は、筆者がデータに基づいて、実際に関与している企業で行った施策になります。既存製品の値上げは最低限とし、短納期製品は2倍の特急料金とする。一律値上げではなく、繁閑に応じて価格を変動させる。

一律値上げといえば、先方も受け入れにくいですが、宅配便や航空券に代表される「特急料金」や「季節変動」については、理解を示してくれます。

担当者の力量と決裁権を見極める

「下請けをたたくのだからエース社員を充てる必要はない」、「購買担当者は細かいことはわかっていなくても、こわもての社員を置く」という事例は、製造業で筆者が実際に聞いた話です。

自社の交渉相手の担当者に、必ずしも力量がある、決裁権を持っているわけではありません。決裁権のある上長とも関係性を構築し、交渉に臨みましょう。

「値決めは経営」経営者が主導する

以下も、実際に筆者が経験した事例になります。

下請けの方が楽だし、本音は波風を立てたくない
ベテランとされている自社の営業担当者の知識が古い
大手で経験がある入社間もない社員と一緒に値上げ交渉をしたらうまくいった

値上げ交渉にあたる担当者からすると、面倒ごとには巻き込まれたくないのが本音でしょう。経営者が主導した方がスムーズに進むことも少なくありません。

経営者の姿勢が交渉を左右

経営者は育った時代の影響を受けます。人口が増え、ものの値段や給料が上がり続けるインフレの中で育った経営者は、利益や単価を気にする必要性は薄く、売り上げ主義で判断する傾向があります。

一方、人口が減り、ものの値段が上がりにくいデフレの中で、値上げ交渉と経営のかじ取りをしなくてはならない後継ぎ世代は、数字も見ながら慎重に対応しなくてはなりません。「減収増益」戦略も選択肢の一つです。

もし、取引先との値上げ交渉に関し、冒頭の事例のように先代経営者やベテラン社員と意見対立があった場合、「育った時代」が全く違うとお互い理解することから始めましょう。

社内でも社外でも、交渉を左右するのは経営者の「自信」です。中小企業診断士などの専門家にも相談し、十分に準備したうえで臨みましょう。